どっさり充電プラクティス
せめてお名前だけでも……
そう言われて初めて気づいた。
"名前"
今まで考えたこともなかった。ここでの意味に照らして言えば、呼び名、だろうか。この刀は”刀”でしかないし、この空は”空”でしかなく、この自分は”人間”でしかない。複数の人間と関わることのない人生だったから、とりわけ呼び名が必要な場面もなかったのだ。
名前か。この機会に、適当に、と言ってもある程度は俺の中の審査委員会が慎重に検討するわけだが、自分の名前というものを決めてみようか。自分で決めてしまえるのだから、何を名乗ってもいいわけだ。過去には素晴らしい侍がいたという。その名前を、落語よろしく(勝手に)襲名してしまおうか。
あるいは、こうなりたいと思う姿を、それを表す言葉そのものを名前にしてしまおうか。そうすれば、自分の名前を思い出すときに自分の信念を思い出せるし、自分の信念を思い出すときに自分の名前を思い出せるではないか。
たとえば強く、たとえば逞しく、たとえば美しく、たとえば荘厳に、たとえば折れず、たとえばそこに立つ、たとえば冷徹に、たとえば正義を草鞋として歩く。
ダメだ、少し許されればそれに付け込んで欲の穴を深く掘ってしまう。こんなにたくさんの欲など、一度に”名前”にできるわけがない。せめて一つに絞るか、しかし全てを包含した言葉さえあれば。
……そうだ
決めた、俺は、今日から
俺は今日からこう名乗る。
ビスケット混雑テクノロジー饅頭キボンヌ美(びすけっとこんざつてくのろじーまんじゅうきぼんぬび)
光はそれを知っていた
その時ほど透明なコップを見たことはない。ジュースを注いだ瞬間、突如そこに現れたかのような、けれどもずっとそこにあったかのような澄まし顔を彼女はしていた。ジュースのオレンジ色は、このガラスを隔てる前よりもはっきりとした色で揺れていた。
風が吹く。夏の風が吹く。その透明に目を奪われた私は、その透明を見つめながら、それともそれは何すらも見つめていなかったのかもしれないが、しばらくの間、息を止めてしまっていた。
ポヒー
40秒ぶりに吐いた息は、聞いたことのないような音がして、また少しオレンジ色が揺れた気がした。
氷を2つ、それから、カランコロンという涼しげな音を1つコップの中に沈めた。氷表面の模様までがくっきりとこの眼に表示されている。
4×7=13
あまりにも綺麗なそのグラス・ガラスの前で、私は掛け算をめちゃめちゃ間違えたのだった。
はたして本当に踏まなくてもいい水たまりか
この匂いが好きなのよね。
彼女は自身の背丈の3倍ほどはあろうかという本棚を見上げながら、図書館なら一発退場のボリュームでそうつぶやいた。
どうしてこう、地下ってワクワクするのかしら、山も、空も、東京タワーも全っ然ワクワクしないのに。高いことより低いことの方が私にお似合いだって言ってるの?
言っていない。言ってないよね、俺?そんなこと。世界は沈黙を続ける。
らY1061、らY1061、てどこよーーーー、こんな記号わかっても、広すぎて全然みつからないじゃないーーー
確かに、この地下書庫は広すぎる。さっき降りてきた階段、その時点でどれくらい降りたのか忘れてしまっていたが、の右横にあった扉にはF18という表記があった。つまり今は地下18階、この地下書庫全体のおよそ25パーセントもお降りてきたのだ。巨大すぎてもはやキモいというジャンルに侵入している。
あ!らYあった!これが、らYの400だから、きっともう一筋南にいけばあるわ!
やれやれ、やっとか・・・・・・。あいつが獣医を目指すと言いだしてから、もう2年はこの調子だ。トロット教授に週3回でレポートを出しているらしい。週3?売れかけのアイドルがブログを更新する頻度だ。その情熱は本物か、知らないけど燃え尽きないようにしてくれよ、その情熱だけが今この地下を照らしているのだから。
……らY1059、らY1060、らY1061!あった!これ!これを探してたのよ!!見て!ポン助(すけ)!これ!
どれどれ……。ん?なんだこれは?
『ライオンに敬語を使うべきか』
ライオンに敬語を使うべきか、これ!ずっと気になってたのよーーー
・・・・・・・・・・・・
は????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
こいつはこんなものを探していたのか?こんなものを探すのに俺は付き合わされていたのか?あまりにも不必要すぎる、ありえない、無駄、パセリ、ダブルダッチ、眼鏡のカラバリ、機種変の広告、スプーンの歴史、氷味のアイス。
ライオンに敬語を使うべきかなんて、答えはもう出ているだろう。
本当に敬語を使うべきだったら、タイトルでライオンを呼び捨てにはしない。
ガラスの車とした約束
今宵、月が見える丘で
今宵、月が見える丘で
ブーン
今宵、月がガガガガガガガガガガガガガ
今宵、月が丸見えの丘で
今宵、月がワロている丘で
今宵、月が適している丘で
今宵、月がスッキリした丘で
今宵、月が欠けている丘で
今宵、月が忘れちゃった丘で
今宵、月が茂っている丘で
今宵、月が30%増量の丘で
今宵、月が欠席した丘で
今宵、月がオワている丘で
今宵、月が左折した丘で
今宵、月が散髪した丘で
今宵、月が半額セールの丘で
今宵、月が経営している丘で
今宵、月が言えない丘で
今宵、月が新人王の丘で
今宵、月がメキシコの丘で
今宵、月が充満しちゃってる丘で
今宵、月が青い黄色な丘で
今宵、月が腰パンな丘で
今宵、月がキショすぎる丘で
今宵、月が優先されている丘で
今宵、月が天日干しの丘で
今宵、月がまじダリぃ丘で
今宵、月が4つご用意されている丘で
今宵、月がホームインした丘で
今宵、月がもうちょっと頑張れた丘で
今宵、月が神アプデされた丘で
今宵、月が土井(どい)と名乗る丘で
今宵、月がイップスでもう昇れない丘で
今宵、月が速すぎる丘で
そんな丘で、また会おう。
ジャパニーズK
牛を飼うために穴を掘る。もう、暗いと泣く馬を干す夜は無いと、とてもそうと思っていた。廃れた星からの手紙が下にあんだって編みながらニッと笑ふ。
ありがとうと教えた。
私は愛していると言うべきだったのかもしれない。
レストラン・フォーク・ナイフ・ミッドナイト
外はまた一段と寒くなって参りまして、吐息の走った道は白く明確で、木々はまた、信号のように緑から、黄・赤へ、夜空に見えるあれはなんでしょうか、星でしょうか、穴があいて向こう側から光が漏れ出しているのでしょうか、おっと、こんなところに駅ってありましたっけ、まあいいんですけど、いやよくないんですけど、駅ってだって、急にあることなくないですか?助走もなく飛ぶ陸上選手はいない、工事もなく存在しだす駅はない、一致。
おいコラ~~~
(笑)
他の人は誰も気にしていないようで、降りだした雨は私にだけ集中している。誰も足を止めないその駅の前に私だけが止まっていた。
いや、停まっていた。
すべての足音が一つになった、すべての景色が一つになった、すべての失礼しますが一つになった、すべてのアルファベットが一つになった、すべての曜日が一つになった、すべてのアイコンが一つになった、すべての時間が一つになった、すべてのすべてのすべてのすべての、
すべてのすべてのすべての
一つになった。
そうか、この駅は私だけが停まる駅だったのか。
確かに私を轢いたはずの列車は、線路のない暗闇をくぐっていった。
確かに列車に轢かれたはずの私は、足場のない暗闇で足踏みしていた。
でもそんなの関係ねえ、そんなの関係ねえ、そんなの関係ねえ
はい
冬(ふゆ)